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お題「よく口ずさんでいる曲」

あんまり口ずさみはしないけど、強いていえばこれかな

 

https://youtu.be/-ZWMzn6_SYk

Tim McMorris 「On top of the world」

これはね、私最近YouTubeよく見るんだけど中でもゲーム実況が好きで、最終兵器俺達っていうのがマインクラフト実況をやってて(https://youtu.be/0sB5gv6gmCU)そこで使われている曲です。

普通に曲自体がかっこよくて、思わず探しましたねようやっと見つかったときは嬉しくてじたばたしました

サビまでの運び方が凄くかっこよくて思わず聴き惚れちゃうんだけど、わりかしテンポが速い曲だから歌うときは口ずさむと言うかは、鼻歌みたいになっちゃう。

 

https://youtu.be/bXWMtCpZH-o

The Style Council 「My Ever Changing Moods」

スタカンは多分聴けばみんな知ってるんだと思う。Shout to the topとか有名だし

これはGRAPEVINEがカバーしてるのを聴いてからどっぷりハマってしまった。割と正統な音楽(正統って何だろうな)だと個人的には思ってる、格式高いというか。

ビートルズもそうだけど古めの音楽って、今聴くとちょっと物足りなさがあるんだよね。だけど、それをしっかりカバーできる、補えるくらいの音楽性がありふれているのが、その時代だったんだろうな。今聴いても十分通用する。今はなんて言うか、誤魔化しが効く時代なんじゃないかな、音が多ければいいとか音楽以外で売ってくとか。

 この曲は凄く綺麗です。

 

 

こんなところかな。

死んでしまいたいような日々

どうしょうもない不安に潰されてしまう

心が真っ白じゃない

もう澱んじゃったんだ

純粋ってのはさ もともとそんなものなくてだな

いかに汚れなかったかってだけだよ

 

死にたい死にたい。

普通に毎日をこなしていても

普通に楽しいのあとに、苦しいのあとに

死んじゃいたいっていう、淡い僕の希死観念、こんにちは。

 

そっちの暮らしはどうですか。

こっちはですね、とてもきちぃです

過去に蒔いた不幸の種を、日々回収に向かおうとはするけど、

かなしいから、今日もお布団つむり。ツンツン。

毎日毎日、漏れる言葉は「死んじゃいたい」

楽しくないわけじゃないの。

苦しいわけじゃないの。

みんながおはようって言うように、

当たり前のような言葉なの

 

簡単に言えるけど、込められた気持ちはそんな単純じゃないんだけど。

でも重っ苦しく言ったら、

あなたたちは笑うんでしょうね。

 

誰も救ってくれないし

救って欲しいわけでもないんだけど、

私が不幸のヒロインを演じたくなるのは、

きっと、本当は、多分、

気づいていて欲しいからなんだろうな

 

今日は眠いな。

あーあ。

 

無邪気と純粋って違うのかな

「たまにさ、大きなバッタとか、飴とか、なんかのハネとか運んでる蟻いるじゃん

ガンバレーって、俺、思うよ。でもさ、大きいとさ、穴に入らないじゃん

そしたら、俺、あー残念って、俺、おれさ

踏み潰しちゃうんだよ ね

俺さ、

おかしいのかな

たまにどうしようもない衝動が襲ってきて

ゲームオーバーだ!って

巣にコーラ流し込んだこともあった
埋めたこともあった

ゾワゾワする胸の不快感だってスパイスみたいなもんだ

でも、

後ろに人が通るときは、ばつが悪かった

なのに、

悪気だけは当時から一寸たりともなかった

 

これって純粋って言えるのかな」

 

 

琥珀は誰も越えられない

あまり人には言えることじゃないけど
死を感じさせるものに魅力を感じる。

死ぬことって生物の一生で一番美しいものであると思っている。
その刹那を永遠に繋ぎ止めるのだから、剥製や薬品漬けなんかに魅力を感じてしまう。

死ぬのは怖いから生きるのも辛い。
僕はそういう人間だ。
だけど手首に涙を染み込ませることも、黄昏時に空中遊泳する勇気も、生憎持ち合わせていない
それが正常だ、と思うのは異常だ。

僕はあと60余年も生きる、生きてしまう

それは、なんというか、怖い。
一体いつまで、何年も先の見えない暗闇を歩かされるのかと愚痴を吐けるのか。
一体いつから、先を見据えてあと何年しかと嘆くようになるのか。

いつから、はっきり死と向き合えるのだろうか

まだ向き合えるとは到底思えない。
僕が死を感じるものに惹かれるのは、きっと、安心したいからなのだろうな
死と向かい合えない僕に、優越感を与えてくれる存在。だけど、死んでも美しいそれらが少しだけ羨ましかったりする。

僕も死ねるのだろうか。ただ
僕のその美しい刹那は、一生の刹那であってほしい気もする
きっと、時間が経てば濁ってしまうから。

でもやっぱり、火葬でよかった。
そんなことで安心する僕なのでした

 

レポは好きじゃないんだよねー(´・ω・`)

基本的にライブレポなるものが嫌い。書くのも、読むのも嫌いだ。
精一杯の妥協で、その音楽に関心のない人が書くもので、記憶漏れすることがない人が綴るものなら読む。うん、でも読まないかも

好きな人だとやっぱりフィルターかかってしまうから。記憶の美化が起こる。それが嫌だ。
多くのそれを眺めた事があるけど、大体良い所ばっか取り上げてるから、ずるいなぁって思っちゃう。
自分みたいなひねくれた奴は欠点がないと落ち着かない。完璧すぎると気持ちが悪くなる

そりゃあ商業で書いてる文章だったりすれば簡単にはそんなの書けないから、仕方ない事だしなら読まなきゃいい、まあその通りなんだけど。
なんか違うくない?と思う。むむむ


やっぱり自分の見たものが全てなんだと思うし、見たいと思う物が全てなんだと思う。

アーティストだって、原稿用紙2,3枚くらいで済まされるような時間を提供するはずがないんだ。

僕はライブのあの空間で観る景色に4000円以上の価値を感じてるし、これからも満たされるために何度も何度も足を運ぶことになるんだと思う。絶対に他人には簡単には教えたくない、感じたことは全部僕が独り占めする。

その権利がチケット1枚なんじゃないかなぁ

カルピスでも飲みながら自転車で坂を降ろう


零時丁度に何を聴こうか。
誕生日に繰り返される、意味のない儀式

今までずっとBase Ball Bearだったけれど、
18になった僕は、その音楽を変えた。

そのときなんとなく、思春期の、青春の終わりを感じた
心にぽっかり余白が生まれた気分だった
悲しくはないけれど、寂しく思えた

...

思えば、僕の思う「青春」なんてものは全て17の時に片付いてしまった。

セイシュンってなんだ?

甘酸っぱく、ほろ苦い痛み。
目に焼きつけた景色は、脳裏に染み付く匂いは。

全て、すべてが、17だ。

 

一通りそれを経験した気になって、僕は今満足しているような、つまらなさを感じているような、はたまた、まだ納得がいかないような。


夜、天井を眺めながら未来に不安を抱えたり。
雑踏の中でふと振り返って寂しさを感じたり。

やはり僕の思う10代にはBase Ball Bearという存在は確実に必要だった。

 

多感な10代に降りかかる「青春」という暴力は悍ましいもので、立ち向かう術など何処にもなく。

「ひたすら耐え抜くしか道はないのか」

そんな時に僕の逃げ道となったのがこのバンドの音楽だった、それだけのこと。

 

「青春」の劣等感、虚無感、嫌悪感、そして幸福感。それらすべてが鮮やかな原色を放ち、僕という無色の人間に色を注していった。
混ざりすぎて汚くなってしまったけれど、彼らの「青」は上からそれらを全部塗り潰していった。
最強無敵の「青」
それがBase Ball Bearの色だったし、僕は唯一「青春」に勝つる色だと思った

 

だから学生時代にベボベの音楽を聴いていられた僕は、それはもう、幸せ者なのだろう
こんなことを言うのはおかしいのかもしれないが、少しずつ目の前の「青」が薄れてきた頃だから、何となく、感じてしまう。

 

傷ついて痛い、でも傷ついていたい。
生を感じる瞬間はいつも痛い時だった。
そんな傷に気付いてくれる人が欲しかった。


いないと思ってたけど、実は沢山いた。

だから17才の僕は、もしかしたら一番幸せだったのかもしれない。な。
好きな人(なんて呼んで良いのか分からない)も、親友(僕が勝手に思っているだけだと思う)も、学校では作れなかったたくさんの友達も、
今思えばみんなどこかで見ていてくれた。気付いてくれた。
そんな気がする。

そんな気がするだけで救われてたんだよ

 

人生が全体的に苦しかった。
今もちょっと苦しいんだけど、
1人が気楽だった今までと比べたら、今の僕はどれだけ人に囲まれているか。それがどれだけ幸福なことか。息がし易いか。


悲劇のヒロインになるのが好きなんだけど、誰も見てくれなければ誰も救ってはくれないのだ
僕はきっと、寂しかったんだ

屋上から下を眺めてた頃の僕はもういない。つい最近までのことだけど、今の僕はちょっと違う。少しは色々と前向きになれたのかな、
あとはもう少し、もう少しだけ。

 

僕の「青春」だけじゃなくて、人生のバイブルとなったのがもしかしたらBase Ball Bearだったのかもしれない。というか、そうなのだ。
もうすすんでライブいくとか、音楽を聴くとかはしないと思うけど、それでも10代の生き方を教えてくれたのは事実として一生残るから、忘れないように、もう少しがんばれるかな。

7月になったら、18の僕は、も一度、自転車で夏を越えよう。
迷いもきっと、置いていける気がする。

そんな気がする。